Untitled
先月から同棲を始めました。
生まれて初めて同棲をしたので、感じたことをメモしと きます。
(ルームシェアしてくらしたことはあるけど、同棲は初 なので…!)


少しゆるく生活する

毎日、家事炊事掃除洗濯を完璧にこなすのは難しいし
相手にそれを求めてしまうと自分も相手も疲れて嫌な気持ちになるし、無理がきます。

なので、「今日はこれとこれを頑張ろう」と二人で決めて
そのタスクを消化したら二人で「よくやったー!がんばったー!」とお祝いす ると、
なんだか達成感があって嬉しいです(笑)


やってくれるのが当り前じゃない

全部家事を自分がやるというのは難しいし、相手に全部任せてたら相手が大変。
なので各々が分担してやるようにしています。

で、分担してるからやるのが当たり前、じゃなくて
やってくれたら「ありがとう」を忘れないように伝えています。

言ってしまえば赤の他人が一緒に生活していて
お互いのために何かやってくれるって嬉しいことだし、
いつもの家事でも、感謝の気持ちを忘れないようにしています。


相手の「お母さん」にならない

相手のためを思って、あれもこれもそれもって思うと
恋人同棲じゃなくていつの間にか相手の母親代わりになってしまう気がす るんですよね。

それぞれ相手に尽くす形はあると思うけど、
私は相手のために何もかも全てやるという形は違うなーと思うので
彼の「お母さん」にはならないようにと思っています。


イベントを作る

今まで少し離れて暮らしていたので、会えるだけでもドキドキ!って感じだけど
一緒に暮らしてたら待ち合わせのドキドキ感とか薄れてきちゃうこともありますよね。。

一緒にいるからこそ、ときどき思いっきりオシャレしたり
特別なことは何もなくても相手の好きなもの買ってきて一緒に食べてウキャウキャしたり
ほんっとにちょっとしたことでも、少しイベントがある と
どきどきを忘れなくていいなーって思いました。


違って当たり前

家族でもないし、恋人同士といってもまだ半年。
まだまだお互いのことを知らないし、言ってしまえば赤の他人。

なので、少し意見が違うことがあっても「違って当然だから、いっかなー」と思っています。

「こんなに大好きなんだから意見あわせろよムキー」と頭ごなしに言っても伝わるわけないし、
なにより気楽に構えると意見がぶつかっても疲れないのでイイです!


「ごめん」より「ありがとう」

例えば、「お皿洗ってもらっちゃってごめん」よりも
「お皿洗ってくれてありがとー!!!!」のほうが
言うほうも言われたほうも嬉しいかなって思っています。

なので、「ごめん」よりも「ありがとう」って笑顔で言うようにしています。
(もちろん謝ることが必要なときは「ごめん」が必要だけど)


それぞれの生活を尊重する

お互い仕事があって、プライベートがあるので
それぞれの生活を尊重したいなーと意識しています。

四六時中彼とともに行動!だとお互い疲れてしまうと思うので
今までと変わらず仕事をして、
友達とごはん食べに行ったりライブに行ったりネイルサロン行ったり
お互いの生活を大事に、踏み込みすぎないようにしています。

ちなみにGoogleカレンダーを共有しているので
お互いの予定がわかるようにしています!
言わなくても見ればいいからこれ便利。

***

初めての同棲が最後の同棲になるといいなぁ。

──長年、MITの学生たちを見ていてよくある「過ち」があれば、教えてもらえますか?


最も陥りがちな過ちは、あまりにも多くのことに興味を持ち過ぎてしまうことです。いろんなものに興味を持つこと自体は悪くないですが、ある段階できちんと何がいちばん大事かを考えて、それをやり遂げなければならない。

たとえ他に面白そうなものがあっても、成功する可能性があっても、いちばん大事なもの以外は捨てなければならない。なぜなら、一日は24時間しかないし、人生は100年もないわけです。時間は限られている。

でも、若い人にとってそれを認識するのは難しいんでしょうね。残り時間を無限だと考えているし、エネルギーも無限にあると思うから、いろんなことに手をつけてしまう。優先順位をつけるための価値体系が固まっているかどうかが大事なポイントでしょうね。

──いろんなことに興味を抱いてしまう学生に、どういったアドバイスをされるのですか?

何を選ぶのかを考えさせますね。そして、なぜそれを選び取ったのかをきちんと説明できるように考えさせます。最終的には君は何のために生きているんだ、という話に行き着くことも多いです。「人生が残り1日しかなかったら、どれを選ぶんだ?」「残り10年だったら何を選ぶんだ?」と問いかけるわけです。

「社会にどういうインパクトを与えれば君は満足するのか?」という話をして、優先順位を決めさせる。これができない人は、自分が見えていない人、つまり哲学のない人が多いですね。

# この書き方はまずいからあとで直そう→直さない
# あとで拡張する必要がありそうだ、必要になったら設計を変えよう→まずい設計のまま他人に使われる
# コミュニケーションしなくても正しい判断ができるようにする
# 正解がないことは、走りながら臨機応変に変えなければならない。でも、始まった時から正解がわかることがある。そういうものについては、最初からよく考えて正解を選ぶ。
# どちらか迷ったら、変えやすいほうを選ぶ。AからBとBからA、どっちが変えやすい?
# 初期に書くコードはすごく重要。後から参加する人は既存のコードにスタイルを合わせる。
# 軌道を修正するコストは早ければ早いほど小さい。
# 仕組みを変えることにはコストが伴う。心理的コストも。
# 走り出したら何も考えられない。よく考えてから走る。あるいは、走ってない人が考える。
# 一度動き出した仕組みを変えるときは、移行コストが小さくなるようよく考えた上で、無理やり変えるのがいいんだと思う。
# 些細なことほど、最初からよく考えて設計することが重要。「名前が微妙」程度の理由では、みんなに広まったあとでは変えにくい。
# ワークフローの最適化が大事。実行速度に関するチューニングは後でいい。今考えているソース構成、処理順序がプロジェクトのワークフローにどんな影響を与えるのか考える。
# 既存のコードにあるパターンは伝染する。それが即席の書き捨て(書いた時はそのつもりだったんだよ!)コードであろうとも。
# 習慣は伝播する。
# 仕様は決まらないが、締め切りが近づくと決まる
# 技術力より、マネジメントのほうがプロジェクトに与える影響が大きい
# アジャイルに開発できるツールを使うと、アジャイルに仕様が変化する
# アジャイルでない仕様は誠実ではない
# アジャイルでない手法でアジャイルな仕様をハンドリングすると徹夜が発生する
# 機能一覧、「優先度」の欄に「A」と「B」しかない
# 一覧には載ってないけど実装が必須な機能がある
# 機能一覧、更新されない

業務時間外での学びがない

  • プロ野球選手は日々練習をして、試合という本番で勝敗の結果を出して評価される

これをエンジニアに置き換えると、どこかで練習をして、仕事という試合をして、ソフトウェアという勝敗の結果をつくりだす。プロ野球選手が試合を練習だと思って取り組んでいたら、結果を出せるのだろうか?

業務外で練習をして、本番で良い結果を出せるように努力しよう。練習大事!!

□□□チラシの裏336枚目□□□

777 :可愛い奥様:2009/07/20(月) 19:05:14 ID:bJkF8REX0
以前のチラシで誰かのおばあちゃんが言った
「他人と比べるところから不幸は始まるんだよ」って言葉思い出した。

「どれか道に迷ったときは、自分を好きでいられるほうを選ぶんだよ」

とも言ってて、忘れられないいい言葉だ。

もうひとついいこと言ってたんだけどそれは忘れてしまった。
でもそれもいいこと言ってたんだよなー。
 
 
780 :可愛い奥様:2009/07/20(月) 19:17:03 ID:CZT15QJq0
»777 
これだよね。名言三連発だったので瞬時にコピってしまった。

907 名前:可愛い奥様[sage] 投稿日:2009/06/14(日) 13:38:58 ID:n3gsVWXl0 
OLだった頃、上司と不倫街道まっしぐら寸前までいったが
「選択に困った時は、自分を好きでいられる方を選ぶんだよ」という

祖母の言葉が頭をかすめ、ハッと我に返った私は上司を突き飛ばして逃げた。
おぼこい箱入り娘だった私は上司の熱烈な甘い囁きに
フラ~~ッとしてしまったんだな。くわばらくわばら。
その後、上司は私の同期と不倫の果てに失踪した。

あの時、間違いを起こさなくて良かった。一生後悔するところだった。
不倫へ突入していたら、不細工だが誠実で優しい旦那に出会えなかったし、
旦那にそっくりで不細工だが心優しい正直者の息子にも出会えなかっただろう。
人生というのは、ほんの一瞬の選択で一変するのだと思い知った出来事だった。

ばあちゃん!大切なことを沢山教えてくれてありがとう。
「不幸っていうのは、他人と比べた瞬間から始まるんだよ」と
「一度でも魔が差す人間は、何度でも魔が差すものなんだよ」
という言葉も忘れないよ!
育児板拾い読み@2ch 人生というのは、ほんの一瞬の選択で一変する (via jyamil) (via etecoo) (via jmblog) (via konishiroku) (via synya) (via xan8) (via gkojax)
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flatmountain:

誠 Biz.ID:プレゼンがうまい人の「図解思考」の技術:提案のアイデアは短い言葉にまとめる
「減らせば、増える」の法則  
以下は「減らしたら、増えた」私の経験です。
* お客さんを減らしたら、深くケアできるようになって売上が増えた。
* ウェブサイトのテーマを最小化したら、ユニークユーザーが増えた。
* 興味分野を減らしたら、もっと濃く勉強することができた。
* 夢を数を減らしたら、行動をおこせるようになった。
* 家の中のものを減らしたら、掃除が楽で部屋がキレイになった。
* パソコンのソフトを減らしたら、サクサク動くようになった。
* 発言を減らしたら、注目されるようになった。
* 友だちを減らしたら、友だちつきあいが楽しくなった。
* スケジュールを詰め込むのをやめたら、アイデアがひらめくようになった。
* チャンスをあれこれ追うのをやめたら、地道な努力ができるようになった。 * 本棚ごと捨てたら、新しい知識を勉強する気になった。
* テクニックを思いきって捨てたら、のびのびできるようになった。
* 説明を減らしたら、もっと質問されるようになった。
* 情報を減らしたら、頭がはたらくようになった。
* 選択肢を減らしたら、迷わなくなった。
* 未来と過去に悩むのをやめたら、今に注力するようになった。
増やすために捨てる。循環させるために捨てる。集中するために捨てる。
減らせば、増えるの法則。
ミニマリズム(最小限主義)は、現状に甘んじて気弱に暮らすことではない。

「減らせば、増える」の法則 ―ミニマリストになろう : earth in us. (via a2onaka) (via hitsuji613) (via puupuu) (via minimumnarration) (via masaka) (via oharico) (via atorioum) (via vmconverter) (via otama) (via petapeta) (via highlandvalley

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rblgを減らしたらfollowerが増えた

(via petapeta) (via shrineroof) (via gkojax) 2010-06-07 (via gkojay) (via takaakik) (via jabberokkie) (via fukumatsu)

(via -barrier-) (via yaruo)

(via nagasaretei)

(via gabcab)

さっき、最低の話を聞きました。

私の叔父、そろそろ60になる人なんですが、今警備員やってるんですねいや自宅警備員じゃなくて。ほら、スーパーとかの駐車場で車誘導してる人いるでしょう? あれやってるんですよ。

で、この間お客からクレームが入って配置転換されたらしくて。その理由がすごいんですよ。

「日陰でちょっとしゃがんでいたから」

叔父さん曰く、ちょっと物を取っていただけだけで休んでいたわけでさえ無いらしいんですが、兎に角クレームがあったらすぐに配置換えされるんだそうです。

聞く所によると、そのお仕事は休憩もないんだとか。制服姿で休んでいると見苦しいとクレームが入るとかで。

 

ハッキリ言います。

 

人が休んでるのが、そんなに妬ましい

 

本日の最高気温は37度。炎天下舗装道路の近くに立っているのは焼き土下座大変だ、なんて想像力の問題以前ですよね?

木陰に入るな。しゃがむな。休むな。だらしなくするな。きびきび働け。

一体、アンタはその事で何を損したの? と小一時間問い詰めたくなりますが、クレームを付ける人には「完璧に理想通り働いてようやくギリギリ合格点byカイジ」という、減点方式の発想が見え隠れします。

こう言う人が多い、とは思いません。ただ、残念ながら最近とみにこう言う人の声が通りやすくなっているとは感じる。

こう言った減点方式の発想が通りやすい社会というのは、要するにみんなで粗探しして足を引っ張り合う社会でしかない。私は、イヤですねそんな窮屈な社会は。

………だからおねえちゃん。私が頼んだのは「砂肝揚げポン酢浸し」で小エビのカラアゲじゃないけど全然OKです。両方食べるので、中ジョッキおかわり下さい。

努力しない自分が悪い、ぜんぶ自分のせいだ

ということを自分で理解しているんだ、という主張を掲げながら

理解しているから堂々と怠惰な生活が許されると思っている

東京都条例に反発して書くわけだけれど、

本当にババアどもはろくな事しないな、ということで

自分の立場からNo More ババアインパクトを語ってみる。


私は中学受験専門の塾講師なわけだが、つねづね感じていることは

「ババアが余計なことしなければ

 生徒の成績上げることなど本当に簡単だ」ということ。

小学生位の子供は目標与えると本当に素直だ。中学生以降は対象外。

成績が上がるまでの期間には若干幅があるが、

その間辛抱できるように励ましてやれば必ず伸びる。

そして、成長を実感して、努力と成功を結びつけることさえ出来れば

小学生の子供は誰に言われなくても自分で努力できるのだ。

だが、このシンプルな流れが高い確率で邪魔される。

その原因はババアである。


5年くらいやってるから確信を持っていうが、

成績の悪い子どもの大半は9割くらい母親がクズだ。

まず「子どもに何かをやらせること」には必死だが

「自分がやるべき事」はなにもしない。

自分が子供に投げかける言葉と、自分の行動が全く一致していない。というか矛盾している。


塾講師として母親に要求したいのは1点だけだ。

「子どもの勉強の邪魔をするな」ということだけ。

本当に良い母親は、勉強を支援することもできるが、そのレベルは正直期待してない。

とにかくプロである私らと子供の関係の邪魔をするな、と言っている。

本当に不思議なのだが、低学歴の母親ほど、自分が受験に成功した体験がないのに

あれこれ間違った知識を仕入れてきたりしては

(多分情報ソースの友達とかもレベル低いんだろう)

子供にあーやこーやと押し付けて、子供に失敗体験を山積みする。

私は子どもが好きなので、こういうババアどもを見ると本当に死ねばいいのに、と思う。

具体的に二点ほど上げておく。

●一つ目はコミュニケーションだ

成績上位の生徒のでは、食事中にバラエティ番組をみない。

これは半年に一回の面談で必ず親に確認してるから間違いない。

この時間にちゃんと会話をしてる。

テレビ批判かというとそういうわけじゃなく、

コミュニケーションを大事にしてるってことだ。

ただ構えばコミュニケーションになるわけじゃない。

重要なのはタイミングとメッセージだ。

まずはタイミングだが、良い母親は

子供の邪魔をしないことを前提に考えている、子供を優先して考えている。

だから、子どもの前で家族の会話よりバラエティ番組を優先するようなアホなことはしない。

そもそも自分が一日中のんきにバラエティ番組とかワイドショーとか見ながら

子供に勉強しろとか真顔でいえる神経を疑う。何かの分裂病なのではないかと思う。

こういうダブスタを子どもに見せるのは厳禁である。

大人同士ならお互いの事情を考慮してスルーしたりできるが子供はスルーできない。

こういう「うそつき」母親からは子供は必ず離れていく。


●もう一つは、成績についての姿勢だ。

良い親は、成績を見て子供にどう接するかにおいて間違いを犯さない。

だから、親が何も言わなくても子供から親に話しかけるという良い関係を築いている。

一方ダメな親は、間違った対応をして子供を苦しめる。

うちの塾ではかならずテストをやる。

まず、これは生徒に対しては復習する大切さを学んでもらうため、

問題演習を通じて、学んだ知識をどう使うかを学んでもらうためにやってる。

だがもう一つ意味があって、「親が自分の勝手な判断基準で子供を評価するのを防ぐため」だ。

これは未だになぜか分からないのだが、

ほとんどの母親は子供のことが理解出来ていないと

それだけでネガティブ評価をつける傾向がある。

とにかく子どもが自分の目の届かぬところにいること自体が許せないのか、

子どもが自室にこもって真面目に勉強していても、

「どうせ隠れて漫画でも読んでるんだろう」とか

「どうせ勉強なんてしてないんだろう」と考えてしまうのだ。

何人の子供から「いくら努力しても親が認めてくれない」と聞かされたか。うんざりする。

そのくせ、1つ目の問題で述べたように、

子どもが目の見えるところにいると過干渉や間違った指導をしてしまうのだ。

とうぜん私の指導方針と違うため、よく「先生を取るのか、私を信じるのか」という類のことを

子供にいって、これまたよく悩んだ子どもが相談にきている。

「自分は先生の方がいいと思うけど、やっぱりお母さんの言うことだし・・・」みたいな

ことで悩んでる子供を見ると、塾やめさせたほうがいいのではと思うことさえある。

こういうバカ親を黙らせ、子供に自信をつけさせるためにもテストは重要なのだ。

競争主義とかふるい落としとかいってるバカ親もいるが、勘違いも甚だしい。

そもそも母親が子供をしっかり見守ってただしく評価し、応援してあげられるなら

受験なんてものも、塾なんてものも全く必要ないのだ。

テストは復習のため、ちゃんと復習したらいい点をとって自信を持ってもらうため、

努力が足りなかったらそれを反省できるため、そのためにやるのだ。

テストの点が悪いからといって子供をしかるような人間は

何のためにテストをやっているのか全く分かっていないのだ。

少し脱線したが、だからテストの点数を見て

子供を客観的に評価し、適切な励ましをしてやったりできる親の場合子供は努力する。

逆にテストの点数の見方を知らない親は子供に恐怖や苦痛を与える。

子供は怯えて勉強をし、常に緊張しながらテストに望むから良い点が取れない。

ほんとうに勘弁して欲しいと思う。

こういう違いが他にも私が認識しているだけで30個くらいある。

ダメな母親というのは、子供を勉強嫌いにし、それでいて勉強を強いることで、子どもを疲れさせる。

子供の勉強嫌いは大抵の場合、勉強を強いる母親が嫌いって場合が多い。

(逆に言えば、勉強が好きな子は、勉強自体が好きじゃなくて母親が好きだというケースも多くて問題なのだが)

どんなに子どもが優秀でもこれはムリダナと思ってしまう。

はっきりいって、親さえいなければこの子はもっとできるのに、と思う子がたくさんいる。

で、だ。性教育のことは知らないが、根本として同じような話があるのではないか。

今の母親というのは何もかもが間違っていることが多い。

そして、間違っていることを認識していないどころか、それを子どもに押し付けようとする。

今のババアどもは暇を持て余してろくに教育もうけていないくせにイランことばっかりしたがるが

本当に黙って子供の衣食住の世話をするだけが一番子供のためであると思う。

だから、本当なら行政は、何事においても母親がやろうとしていることの逆をすべきなのだ。

本当は子供をちゃんと見て、子供の為にどうすべきかを考えるのが良いが、そこまで考えが回らないなら

母親が「子供のため」に何かを訴えたなら、母親がそう言うならその逆をやろう、で大体うまくいく。

だから、都条例に関しては、ババアどもが賛成しているという一点を持って私は強く反対したいと思う。


最後にとあるフランス人の知り合いに教えてもらった言葉。

10個あって男と女をそれぞれ賛美する内容なんだが男を賛美する側の方だけ取り上げておく。

 (趣旨としては、女の人は自己実現能力が高いという内容)

私は多くの女の人は素晴らしいと思ってる。後半の5つの賛美が当てはまると思う。

ただしババア、てめえは別だ。この5つしか当てはまらない。

 男は何をつくったかで測られる  女は何を消費したかで測られる

 男は何を持っているかで測られる 女は何を捨てたかで測られる

 男は自分がやったことで測られる 女は他人に何をさせたかで測られる

 男は何に所属するかで測られる  女は何を服従させるかで測られる

 男は何を残したかで測られる   女は何を変えたかで測られる

世の母親には子供を服従させて喜んでる暇があったら、自分で自己実現を目指してほしい。